pripin789さんの選んだ新刊部門4コマオブザイヤー2021!
ホレンテ島の魔法使い (1)
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谷津 |
芳文社 |
2021-02-25 |
「ここは夢と現の汽水域」1巻の帯に書かれたキャッチコピーは、読む前と後で意味合いががらりと違って見えるだろう。
ちょっとファンタジーの入った観光地を舞台にする日常回が続く序盤も十分に面白い。特に都橋書店の戦いの回のオチは見事。
だが物語が大きく動くのはユシャの観光案内、「ざんねん坂」のくだりだ。あむにとっての魔法はここで打ち砕かれることになる。だがユシャがあむを焚きつけたここからが本番だ。
あむが観光と魔法を真剣に考え始めてからは、この島の秘密にワクワクしっぱなしである。このある種の冒険物語としての面白さは、あむの求める魔法とリンクしてゆく。ページをめくる手が止まらなくなる。
要所要所で使われる歌も印象的だ。民俗学的な興味を引かれるし、口に出して読んでみるとしっかり韻が踏まれているなど作りこまれている。
そしてその集大成になるのが1巻のラストになるエピソードだ。舞台の幕が下りる頃には、もうこの島のことが大好きになっていた。作品世界を愛せるという意味では、間違いなくこれが最高の1巻だ。 |
しあわせ鳥見んぐ (1)
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わらびもちきなこ |
芳文社 |
2021-10-27 |
この作品の強みを問われたら迷う。なぜならすべてが高いレベルだからだ。絵でいうと鳥の躍動感やかわいさはそれだけで印象深いし、特に1ページ使った風景の中の鳥の美しさは素晴らしい。随所に出てくるギャグも本筋を邪魔せずに、でも笑えるバランスで気持ちがいい。
ここで私が注目したいのは、モチーフとの向き合い方だ。このマンガのストーリーはすずがいろいろな鳥と出会い、その生態や観察について知っていくことで進んでいく。自ら種類を見分けるエピソードが特徴的だが、知る楽しみがそこには溢れている。
そしてこの鳥を描くこと、そのために観察すること・鳥について知識を得ること。これは1巻の終盤で人が鳥とともに生きる営みと位置づけられる。根底にあるこの誠実さが、きっと多くの人に愛される作品にしてくれると思う。 |
またぞろ。 (1)
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幌田 |
芳文社 |
2021-04-27 |
読み返すたび、「幌田先生教育業界いたことある?」と思う。それくらい、留年生の心理や行動、バックグラウンド…それらのディテールはリアリティにあふれている。時に見ている側が自分を重ねて苦しくなるほどに。
またぞろ。は出会いから始まる物語だ。人と人とのかかわりで物語は動く。だけどこのマンガの登場人物の多くは人間関係が得意ではない。
「友達のため」で覚醒してすごい力を発揮できたら物語としては美しい。だけど穂波殊にそんなことができるわけでもなく、自分のダメさ加減にへらへらと言い訳を垂れるのが日常茶飯事。後ろめたさのために奮起して勉強に精を出したりもするが、自分を無駄に追い詰めたりもしてしまう。ダメさはむしろ浮き彫りになっているのかもしれない。
しかし、本当に必要としているのは案外そんなつながりなのではないだろうか。一巻を読み終わった最後に最初を振り返ったとき、見えている景色の違いがそう思わせてくれる。 |
妖こそ怪異戸籍課へ (1)
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柴朗 |
芳文社 |
2021-11-26 |
まんがタイムきららの作品で社会の在り方にスポットが当たることはないわけではない。「うらら迷路帖」「まちカドまぞく」などは、見える世界が広がるにつれ町という小さな社会の姿が浮かび上がる好例だ。
そして「妖こそ怪異戸籍課へ」では、その視点は一歩先に進んでいる。
妖怪をコミカルで親しみやすく、しかし異質な存在であることをはっきり描いているのがこの作品のカラーだ。人虎、ぬらりひょん、つらら女、人の枠組みの中では生きにくい存在だ。そして人間側から見ても、付き合いの難しい相手にもなりうる。饗子や氷柱はかわいいものだが、もっと人間社会にとって危険な妖怪の存在は示唆されている。この社会は危ういバランスの上に成り立っているのだ。
しかし異質な存在たちとそうでない多くの人々が共生するかを考えるのもまた公共・福祉の役割だ。インタビューによると、この作品を作る上で現実の日本における無戸籍者からヒントを得たという。この確かな現実の社会への視点が、睦子や夏生の、ひいてはこの作品の優しさにつながっているのかもしれない。 |
六条さんのアトリビュート (1)
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セトユーキ |
芳文社 |
2021-03-26 |
まず表紙が強い。この表紙のオーラだけでもKRコミックス一冊ぶんの価値がある。
中身の話をすると、まず六条さんの飄々としたキャラクターが魅力的だ。豊富な美術知識をこのみに授けてくれるのが物語上の役割だが、それ以上にその質感がいい。知識とともに生きている(生きてないけど)人であり(幽霊だけど)、その豊富な知識があるからこそああいう性格になったことが実感をもってわかる。
そしてこの六条さんのキャラクターは作品全体にも影響を与えている。情報量が多いのにうるさくない。伝えることが多くあるのに、時間がゆっくりと流れている。テーマがはっきりしているのに、主張が強くないところがこの作品の空気感で、独自の個性だと思う。
1巻終盤のカメラ~このみのコンクールのエピソードを読んでいる時間はすごく贅沢で、読み終えた後じんわりと余韻を楽しめる良い体験だった。 |